特設サイト第43回 漢方処方解説(15)柴胡加竜骨牡蠣湯
今回取り上げる漢方処方は、柴胡加竜骨牡蠣湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)です。
この処方は、柴胡(さいこ)、半夏(はんげ)、茯苓(ぶくりょう)、桂皮(けいひ)、黄芩(おうごん)、大棗(たいそう)、人参(にんじん)、竜骨(りゅうこつ)、牡蠣(ぼれい)、生姜(しょうきょう)、大黄(だいおう)の11種類の生薬から構成されます。
以前、ご紹介した小柴胡湯の類方(よく似た仲間)であり、使用目標としては「わき腹からみぞおちにかけて、なんとなく重苦しい感じがする」胸脇苦満(きょうきょうくまん)や、「みぞおちのつかえ」である心下(しんか)の痞(つか)えを訴える方に用いられますが、小柴胡湯に比べますと精神神経症状を伴う方を対象とします。
驚きやすく、あるいはイライラして、眠りにくいとか、夢をたくさん見る(「多夢」といいます)とか、そんな自覚症状が、本処方の適応を考える重要な症状になります。
また、実際には心臓に不具合があるわけではないのに、動悸がしたり、胸が苦しいような気がするという「心臓神経症」の方にも使われたり、さらには円形脱毛症に応用されたりもします。この場合も、やはり驚きやすいなどの症状がある場合と、使用するキーワードとしては精神神経症状の有無があります。
配合される「竜骨」は大型哺乳動物の化石化した骨ですし、「牡蠣」はカキ殻です。主成分は炭酸カルシウムなのですが、漢方医学では精神疲労をとり、気を補うことで精神安定をはかり、不安をとる「安神薬(あんしんやく)」と呼ばれる生薬です。現代のようなストレス社会においては、重要な「くすり」なのかもしれません。
さらに、興味深いことに、竜骨や牡蛎が配合されていると、煎じているときの液性が中性領域に留まります。一般的に、生薬は植物性のものが多く、中には果実を使用部位とする生薬など有機酸を含むものがあり、そのため煎じている間にpHが弱酸性側に傾くことがあります。
この柴胡加竜骨牡蛎湯の場合、弱酸性側に傾くことなく、中性領域で薬効成分が抽出されるという化学的な特性をもつことが知られています。典型的な例ですが、柴胡の主成分であるサイコサポニン(saikosaponin)類は、その構造上酸に不安定な部分があり、煎じている間に構造変化が生じることが多いのですが、柴胡加竜骨牡蛎湯の場合にはその構造変換が生じないことが証明されており、そうした成分の構造変換の有無が薬効にも影響を与えていることが推定されています。
このような鉱物や動物由来の生薬がどのように活用され始めたのか、またその意義などについてなど、十分理解されていないことが多いのも生薬?漢方薬の魅力でしょうか。
(2017.11.29)