特設サイト第78回 漢方処方解説(39)柴苓湯
今回ご紹介する漢方処方は、柴苓湯(さいれいとう)です。
この処方は、小柴胡湯(しょうさいことう)と五苓散(ごれいさん)を併せた合方(ごうほう)です。つまり、両処方の構成生薬を混合した処方となっています。そのため、構成生薬は、柴胡(さいこ)、半夏(はんげ)、黄芩 (おうごん)、人参(にんじん)、甘草(かんぞう)、大棗(たいそう)、生姜(しょうきょう)の7種(小柴胡湯と同じ)と沢瀉(たくしゃ)、猪苓(ちょれい)、蒼朮(そうじゅつ)、茯苓(ぶくりょう)、桂皮(けいひ)の5種(五苓散と同じ)を合わせた12種からなります。中国の明の時代に編纂された処方集である「万病回春」(1587年)には、「傷寒(しょうかん、感染症のこと)で第三、四病日たった頃に、悪寒と発熱が交互にきて、自然に下痢する者は、五苓散に小柴胡湯を合方して柴苓湯とする。およそ発熱して悪寒のするものは、邪気(じゃき)が半ばは表(ひょう、体表面)、半ばは裏(り、消化管)にあるので、柴苓湯がよい...」という記述があり、また江戸時代の医家である曲直瀬道三(まなせどうさん)らによって記されたとされる「衆方規矩(しゅうほうきく)」(1636年)にも「瘧(おこり)で、悪寒発熱して、口渇があり、病が表と裏とにあって、陰証と陽証との分かれていない者には、小柴胡湯に五苓散を合方した柴苓湯を用いる」とあり、感染症の急性下痢に使用されていました。近年では、腎炎やネフローゼ症候群、潰瘍大腸炎や滲出性中耳炎などの難治性疾患に応用されています。
柴苓湯を急性や亜急性の炎症性疾患に応用するときには、小柴胡湯の使用目標となる症状と五苓散の使用目標となる症状が共存することがポイントです。すなわち、小柴胡湯の使用目標である胸脇苦満(きょうきょうくまん)や口苦(こうく)、発熱や炎症に加え、五苓散の指標目標となる浮腫や口渇(こうかつ)、尿量減少や下痢(水様便)の症状があることを見極める必要があります。急性胃腸炎による嘔吐や下痢で脱水症状があるときなどに、本処方は有用性が高いのではないかと考えられます。
私が学生の頃に、近畿大学の東洋医学研究所の先生方が腎炎やネフローゼの西洋医学的な治療法に柴苓湯を併用することでステロイド剤の副作用を軽減し、また使用するステロイド剤の減量を可能とするという臨床研究や基礎研究をされ、漢方薬の現代医療における応用法の一つとして注目されていました。その後、私が育った研究室でも小柴胡湯がステロイド様の抗炎症作用を示すことを明らかにし、またステロイド剤との併用時にはステロイドの血中濃度を上昇させることで使用量の軽減につながっていることを証明しました。これらの一連の研究が、小柴胡湯をはじめとする柴胡剤(さいこざい)を「漢方のステロイド剤」であるとする考え方を導いたのではないかと思います。
漢方薬は多成分系の薬剤であるため、その作用や作用機序についての科学的解析はとても難しいものですが、基礎?臨床における研究の積み重ねが明日の医療に貢献するものとして続けていきたいと思います。
(2021年4月14日)