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特集メカトロニクスでマイクロ領域に迫る

小腸の内壁から、フローラをそのままの配置で回収
磁石で操るカプセルロボットを開発

 健康に関するテレビ番組や情報サイトで目にすることが増えた「腸内フローラ」という言葉。フローラとは「お花畑」という意味で、その名の通り、小腸の内部では約1000種類?100兆個、重さ1.5キロもの腸内細菌がお花畑のようにコロニーを成しています。腸内の微生物には免疫効果や体調を改善する効果があるとも言われていますが、まだ解明されていない部分が多いことも事実。その謎を解き明かすべく、腸内の細菌を回収するカプセルロボットの開発を目指す市川明彦准教授にお話を聞きました。

市川 明彦 准教授

理工学部メカトロニクス工学科

市川 明彦 准教授

Akihiko Ichikawa

名古屋大学大学院工学研究科マイクロ?ナノシステム工学専攻で、細胞単体を扱うバイオマイクロシステムを研究し博士号を取得。その後、産業技術総合研究所でクローン牛用の卵子切断自動化技術の開発、名古屋大学で特任助教として磁気駆動マイクロロボットの研究に取り組み、大发体育官网_澳门游戏网站へ。現在も「マイクロロボティクス」「マイクロシステム」の研究に挑む。

人の健康状態に大きく関わる腸内細菌を、生きたまま取り出して観察したい

 人の免疫は7割が腸で決まるとも言われていて、腸内フローラの働きが注目されています。最近では、便を調べて自分の腸内に善玉菌や悪玉菌がどの程度いるかを知る腸内フローラ検査のサービスも多数出てきていますが、便に含まれる菌は大腸を通過した「死骸」。そこで小腸にいる生きた腸内細菌を採取したいと考え、磁石で体外から操って腸内フローラを直接回収するカプセルロボットを開発しています。
 私は大学院生時代に、レーザーを使った光ピンセットなどの技術で、微生物1匹を操作する研究をしていました。その後も、細菌などの微生物や細胞のサイズである0.1ミクロン(1万分の1ミリ)~0.1ミリの、「マイクロ領域」と呼ばれる微小な世界を対象としたロボット開発を専門としています。産業技術総合研究所や名古屋大学の研究室では、磁石を使って牛の卵子1個をつかむ「マイクログリッパーロボット」などを開発。大发体育官网_澳门游戏网站赴任後は、その発展形のロボット開発に取り組む中で、他に何かできないかと模索していました。そんな中で参加した勉強会で名古屋大学医学部の先生と出会い、「小腸の中にロボットを入れて、腸液を直接回収して微生物を解析すれば、腸内の状態を知るのに有益なのでは」というヒントを得たのです。

人体は30~40兆個の細胞からできているが、小腸には実に約1000種?100兆個もの腸内細菌がコロニーを成して存在している。これがお花畑のように見えることから「腸内フローラ」と呼ばれる。コロニー1個の面積は約0.4平方ミリ。

磁力で位置決めとカプセルの開閉を行い、コロニーをそのまま写し取る

 体内に入り込むロボットの代表例が、カプセル型内視鏡です。内視鏡は自然に消化管内を移動するのを待つのですが、腸液の回収にはロボットが自分から動く必要があります。ただ、小型化や安全性の観点から、モーターは積みたくありません。磁気駆動なら体外からの操作が可能で、人体への害も抑えられます。
 当初はカプセルに吸込口を設けて腸液を吸引する方式を開発しましたが、その場合腸のどの部分にどんなコロニーがあるかまでは調べられません。実はコロニーの分布によって健康に与える効果が違うとも考えられています。健康な人のおなかを切り開かずフローラをそのままの形で取り出せないかと考案したのが、カプセルにセットしたガーゼを腸壁に貼り付けてフローラを「転写」する方式です。この方式の初期バージョンの試作機では、回収後に磁石で転写部分が回転してカプセル内側に収納される機構でした。しかしそこにも新たな課題が生じます。機構にスペースが必要となるため転写面積が大きく取れないうえ、収納時の密閉性が低く、さらには磁力の限界でウエスト58センチ以下の人にしか使えないのです。現在はそれらを解消する新バージョンを開発中です。体外から瞬間的に高い磁場をかけるとカプセルが二つに開き、中面のガーゼが腸壁に貼り付いてフローラを回収。磁場の向きを変えるとカプセルが閉じる、という方式です。今のところ、大きめのサプリメントの錠剤サイズで、400~500個のフローラを回収できるところまできています。

人間ドックや食品研究への活用に期待。目標は体の内外両方から微生物を見ること

 このカプセルロボットを使えば、人間ドックで自分の腸内フローラがどのような状態にあるかを手軽に調べられるようになります。研究に活用すれば、例えばある食べ物を摂取した後、数日ごとに腸内フローラを調べることで、「善玉菌が増え、花粉症が抑制された」といった食品の効果を検証できるでしょう。
 個人的にも、この研究には思い入れがあります。花粉症に悩んでいた妻が、妊娠中、いつも服用していた薬を使えなくなり、日本の漬物に含まれる乳酸菌入りの飲料を続けて摂取したところ、鼻水などの症状が軽減したのです。「何となく健康になった気がする」というプラシーボ効果ではなく、「腸内細菌はすごい働きをしている」と改めて驚きました。もちろん乳酸菌は摂取してもほとんどが胃酸で死んでしまい、そのまま腸に届くわけではありません。また同じく乳酸菌を含むヨーグルトの効果も諸説あり、日本人の腸には定着しないと言う人もいます。しかし、腸内の免疫は、小腸のパイエル板という器官が腸内細菌の出す分泌液に反応することで作用し、その腸内細菌の働きには食べたものが影響するため、「死んだ乳酸菌でも効果がある」とも言われています。本当の効果を解明するには、直接見るしかないのです。磁石には距離の3乗に反比例して磁力が弱くなるという課題があり、実用化にはもう一工夫も二工夫も必要。接着剤を使わない、人体により安全な構造とし、臨床試験も行わなければなりません。高度な数値計算以上に、地道な工夫が求められますが、泥臭く続けていきたいと考えています。
 ここまで腸内フローラ回収カプセルロボットについてお話ししてきましたが、私の研究には「あらゆる場所の微生物を観察する」という大きなテーマがあります。他の研究としては、スマートフォン用顕微鏡を活用するものがあり、例えば音による振動で流体を発生させ、スマートフォン用顕微鏡で観察しながら牛の人工授精に必要な卵子を回転させるシステムを開発しています。「スマートフォン用顕微鏡で消費期限を過ぎた食品の顕微鏡画像を撮影し送信すると、食べても大丈夫かどうかを人工知能(AI)が判定する」といったシステムも構想中です。
 将来的には腸内フローラ回収カプセルロボットと、スマートフォン用顕微鏡を使ったシステムをリンクさせ、微生物に体の中と外の両方からアプローチしたい考えです。「漬物に含まれる乳酸菌がどんな種類で、体内でどのように使われているか」というように、同じ微生物を食物中と腸内とでモニタリングできれば、より正確に食物の効果を知ることができるはず。現在も食品メーカーではありとあらゆる乳酸菌を調べ、有用なものを探そうとしていますが、そうした微生物の効果を手軽に明らかにするための懸け橋になれたらと思っています。