特設サイト第45回 漢方を科学する(その1)
今回は、漢方薬の基礎研究について、私たちの基本方針をご紹介します。
漢方薬は、ご存じの通り、中国の伝統医学を起源とし、日本に伝えられた後に独自に発展した漢方医学の薬物療法のことです。これまでにも紹介したことがあるように、大建中湯の日本独特の使い方(第6回「日本の伝統医学」)や、がん化学療法剤の副作用軽減など、西洋医学の補完薬としての活用法も医療現場では一般的なものとなってきました。
しかしながら、いわゆる西洋医薬品と漢方薬は大きく異なります。西洋医薬品は、自然科学の発展とともに、普遍性、客観性、論理性を担保することができる単一化合物として創製されてきたのに対し、漢方薬は複数の生薬を混合して「煎じる」という抽出過程を経ただけの、言わば混合物のままの医薬品です。普遍性や客観性、論理性といった自然科学の「ものさし」で測るには難しい伝統医薬品として、その素朴な姿を古代からずっと堅持しています。
そんな古くさい面のある漢方薬ですが、時に西洋医薬品では解決できなかった症例に有効であったという経験を持つ医師も増え、その「謎」を解き明かしたいというニーズから我々も研究を行っています。
漢方薬は数え切れないほどの天然化合物を含んでいます。それらを一つずつ解き明かしていくには無限の時間が必要となり、とても実現不可能な作業となるため、まずは混合物である一つ一つの処方をまるで一つの薬物であるかのように見なして効果を検証しようと考える研究者が現れたのです。これは漢方薬研究の上では大きな発想の転換であり、私たちの先生たちの時代に始まりました。
それ以前は、(混合物である)漢方薬をというよりも、漢方薬を構成する生薬から活性成分を取り出し、その構造を明らかにして、その薬理作用(※1)を証明するという研究が多くなされていました。
最も有名な事例は、1885年に生薬である「麻黄(まおう)」から「エフェドリン」を単離(※2)した長井長義博士のご研究です。世界的には、ドイツのフリードリヒ?ゼルチュルナーが1804年にアヘンからモルヒネを単離したのが最初で、これにより生薬成分を取り出して医薬品として用いるという近代薬学が幕を開けました。天然物化学を基礎とし、有機合成化学を手段とした創薬が始まったのですが、これらは伝統医薬品の科学的解析というよりは、純粋な創薬研究です。
それら天然物化学を基にした手法とは真逆に、乱暴かもしれないですが、混合物は混合物のまま、漢方薬のもつ薬理作用を科学的に証明していこうというのが、前述の一つ一つの処方をまるで一つの薬物のように見なして効果を検証しようという研究です。この方法論は、それぞれの漢方薬の臨床効果の説明に直結するという点で有意義なものです。
こうして、臨床上有益だとされた処方の解析が1980年代に始まり、現在も続いています(文献データベースとして名高いPubMed(パブメド)(※2)に収載される論文数も年々増加しております)。
現在、厚生労働省承認漢方処方は294処方を数えるほどになりました。処方単位での作用の科学的証明もまだまだ時間がかかります。私たちの研究室でも、漢方薬の有効性について、いろいろな研究を展開しています。
長くなりました。
今回はこの「丸ごとの漢方薬理」という基本方針をご紹介して、詳しくはまた後々、ということにしたいと思います。
(※1)薬物が、それを与えた生物体に及ぼす作用。
(※2)混合物から、ある化合物を純粋な物質として取り出すこと。
(※3)世界約70か国、約5,000誌以上の文献を検索できる医学?生物学文献データベース。インターネット上において随時無料で利用できる。
(2018年1月31日)